カオスネットワーク〜始まりの合図〜

心の闇、それは現在ネット社会が進むことでより明らかになってきた。
今まで心の中で眠っていたものをネットに書き込む人が増えたためだ。
TwittermixiFacebook、Blogなど、様々なツールにより多くの人は自由に自分の「言葉」を発信できるようになり、
それを通じた様々な出会いもまた普通になり始めた。一方で、そうした言葉による現代社会の「闇」も垣間見る機会が増えた。


これはそんなちょっとした闇と希望の物語である。




ふと気付けばもう大学に入って3回目の春だった。
2年前、有名私立男子校から有名国立大学へのパスを勝ち取った。努力の賜物だ。
もちろん大学に入るだけが全てではない。一回生の頃は大学の授業などに希望を持っていた。
「これからいろんなことを学んで教養を身につけてやる」みたいな、多くの大学新入生が心に抱く例のアレだ。
その希望は見るも無残に大学前期に打ち砕かれた。

「…え」

そう、大学の授業はとてもつまらなかった。いや、言い方が正しくないな。
「全く理解できなかった」のだ。
多くの受験を乗り越えたきた人たちはここでかなりの衝撃を受けてしまう。
数学が全くわからない。何をしているのかと。

もちろん僕も挫折組だ。早くも工学部に入ったことに後悔を禁じ得なかった。
だが、今更学部を変更するほどのモチベーションもなかった。
せいぜいギリギリで単位をかき集めながら、なんとか3回生まで進学した。

いままでの高校生活と比べ物にならないくらい時が過ぎるのは早かった。
時、お前進むの早すぎだろ。

僕は特に有益な趣味もなく周りに流されながら過ごしていた。
まああれだ、ちょっとインドア系のサークルでだらだら過ごすみたいな、そんなイメージをしてくれていい。

お話が過ぎたね。普段喋ってないからか饒舌になってしまう癖、やめないと。
そろそろ自己紹介もなんだし本編に入るとしようか。







「これが現実なの?いままでのは一体なんだったのさ」
「もうやめて」
「ふざけないでよ、こんなのあんまりだよ」
「仕方ないの」
「説明、欲しいんだけど」
「帰って」
「待ってよ」
「帰りなさいよ!」



一体何が起きてるんだろう。
僕は本当に僕なのか?
世界は今本当に存在しているのか。


気付いたらTwitterを開いていた。
「ありえない」
「世界がブラックアウトした」
「もう死ぬしかない」

怒涛の勢いのツイートの後、僕は倒れ込んだ。
「絶対に許さない」
気付けば視界もブラックアウトした。


翌朝未明、痛恨の一撃により目覚めた。
カーテンが開けっ放しじゃないか。朝日がまぶしすぎる。ブチギレ不可避だ。

僕にとって今一番必要ないものだろう。鬱陶しい。
鬱々とした気持ちを晴らすために、必要なことはなんだろう。

飯だな。

僕は急いで朝飯を作った。本当に体に染み渡る。
辛い現実から逃避するために、気付いたら世界線の収束の話について考えていた。

ある現実において、厳しい問題に直面したとき、この世界線でそれが解決できるのかどうか。
過去を変更することでその問題を逸らすことができるのか、それとも免れない結末なのか。

僕は今、自分の世界があらかじめプログラミングされた展開を経るのではないかと考え始めている。
つまり、ある事象がすでに起きることがあらかじめ決められていて、それは避けられないというスタンスだ。
そう考えると、自分の人生の起伏というものに何かの因果を感じることになる。
この経験は将来の次のイベントへのフラグだ、だなんてね。
現実をゲームのように考える癖は抜けない。これがゲーマーの宿命か。
けど、決められた通りに生きるなんて馬鹿らしい。

気付いたら家を飛び出していた。
その先にあるものが何なのか、僕はまだ知る余地もない。
やれやれ、僕はまた迷路を駆け回る。








3回生になってすでにゴールデンウィークが過ぎた。
多くの学生たちがドロップアウトをキメ始めるころだ。かくいう僕もワンオブゼムだ。

5限まで演習の授業を受けた後、僕はサークルに顔を出した。
「先輩、例のスコアどれくらい出ました?僕ひたすら昨日粘着したんですけどAAA行きませんでした。」
「そんなことよりお前のTwitterのアカウント名何?」
Twitter?やってないっすわ」
「お前、違う世界線に生きてるだろ」
「僕はα世界線ですかね」
「そんなことはさておきだ、今アカウント作れ」
先輩はいつもより語気を強めていった。なんだこれ。
「わかりましたよ。何かあるんですか?」
チッチッチッ、と指を振りながら先輩はしたり顔になった。お前、今ゆびをふるで「いばる」キメただろ。
「サークル内大会やろうと思ってよ」
「サークル内大会?音ゲーのっすか?」
「イエスTwitterにアップした画像からスコアデータを収集だ。わざわざ書いたりするより楽だろ」
「まあ、そうっすね。でもTwitterってなんか怖くないっすか?なんかあんまりいい噂聞かないような」
「ばっか、お前…俺がついてるだろ」
「申し訳ないがホモはNG」
とても生意気な口をきいているがこのサークルでは上下関係はない。カオスだ。

仕方がないので、Twitterとやらを始めた。先輩らもスマホを見ながら盛り上がっている。
こうしたコミュニケーションに今まで参加していなかったのだが、そろそろ必要なようだ。
「やあマサくん、光と闇の世界へようこそ」
「なんすかそれ」
先輩は含み笑いをしながら言った。一体どういうことだろう。
そうこうしながら僕は先輩に言われながらパソコンに情報を書き込んでいく。5分くらいすると僕のアカウントが出来上がった。
「お前アイコンどうすんの?」
「アイコンってなんなんですか?」
「そりゃその卵みたいなやつよ」
言われてみると画面の左の方に卵アイコンがあった。色は紫だ。
「お前の分身となるイラストやら画像やら入れてやるがいい」
とても難しい質問だ。僕にそんなものはない。
「自画像はだめなんですか?」
「は?お前最初からフリー素材になるの?」
フリー素材ってなんなんだ…
「ネットで自由に使われるぞ」
「それはかなりやばいですね」
「適当に好きなもんにしとけ」

その結果、僕のアイコンはよくわからない動物っぽいイラストになった。まあなんでもいいだろう。
最初はサークル員をフォローしていくことにした。
あと大学の同じクラスの知り合いとかにも聞いてみた。意外と周りにやっている人いたらしい。
周りの友人をフォローした結果、大変カオスなTLが爆誕してしまった。
これは始めて次の日の昼頃のTLだ。


「気付いたら4限を寝過ごしていた。な、何を言ってるかわからねーと思うが(ry」

「二次元 それは 時に美しく 時に人を狂わせる
君と過ごした 幾つもの夜
瞼を閉じれば 色褪せない思い出が 今も鮮明に蘇る」

「【悲報】実験中に俺爆発」


なるほど、よくわからない。わかるのは友人たちや先輩らの頭がおかしいということくらいだろう。
大学に入ると今まで真面目だった人達がどんどん崩れて堕落していく姿を見かけるが、これが初めて一人暮らしを始めた人たちの宿命らしい。
かくいう僕も起きたの12時だったんだけどね。自分の堕落ぶりにどんどん恐くなってくる僕はまだ健全らしい。
あ、恐山は怖くないらしいよ。


さて、しばらくしていろんな人にフォローしたりフォローされたりしていると意外と楽しいことに気づいた。
いままでは一人で家で本読んだり漫画読んだりネットサーフィンしたりゲームしたりといった生活を送っていた。
それがどうだろう、気付いたらTwitter一辺倒だ。どうやら今まではコミュニケーションが不足していたらしい

しばらくして、大学関係の会ったことがない人たちとの交流が増えてきた。
アクティブな人が多いのだろうか、いろんな人から「どこどこで会おうぜ」的なお誘いをいただくようになった。
ネットの文化というものをいまいちわかっていなかった僕はそこで「オフ会」という概念を知った。
オンラインでつながっている人とオフラインで会う(オフラインミーティング)ということで「オフ会」らしい。

学ぶ機会が本当に多い。これも最近の文化なんだろうか。
気付いたら僕はどっぷりとネット文化に堕ちていた。いい傾向なのか悪い傾向なのか、僕には判断する材料はない。

オフ会には僕みたいな工学系のオタク男子っぽい人たちがほとんどだった。
同じ境遇だった人も多く、すぐに仲良くなることができた。
時々集まって遊ぶ関係、つまり友達だ。しかし、あくまで一線を引いて付き合ってる自分の姿がそこにはあった。

「そういえばマサさん」
「ん?」
「この人知ってる?」
その人は最近僕のフォロワーになった女性っぽいアカウントの人だ。
「最近フォローされたんだけど、あんまり知らないかも」
「けっこうかわいいらしいよ」
「そうなんだ。僕はツイッターのツイート数多い女性はだいたいネカマだと思ってた」
「その姿勢は正しい」
「やっぱり?」
「けど全員が全員ではないって感じ」
「なるほど」
「出会い厨みんな撃破されてるよ」
「ええっ!そうなのかい!」
「突然のマスオさんクソワロタ」


こうしたよくわからないテンポの会話、居心地がいい。
しかし、こうしたぬるま湯にずっと浸かっていくことに少し危機感を覚える自分もいた。
そう、この男子しかいない空間に。


僕はいままで女性とまともに交流したことがないので、女性との交流はずっと避けてきた。
しかし、男たるもの、やはり気になるものである。
「やっぱ20代のうちに一回くらいセックスしたい」
しかし願望レベルはとても低いものであった。



「ふぅ…」
いつものように賢者タイムを迎えていたとき、あるDMが来ていた。
「このタイミングで送ってくるとかなんなんだよまじで」
そう思いながら開くと、この前フォローされた女の子だった。

この子のアカウント、友人たちがフォローしている人らしいんだけど、明らかに異質だった。
常によくわからない哲学的なことをつぶやいている。
正直僕には全く理解ができなかったのだが、このDMの意味はよくわかった。

「マサさん、こんばんわ〜(*^_^*) 私の友人がすごいマサさんがイケてるって推してるんで一回お会いしたいんですけどどうですか?(ゝ。∂)」

どうやら僕の賢者タイムは終わったらしい。